低流量麻酔法を行うにあたり

低流量麻酔法を行うにあたり

研究者:山村穂積

 私の病院では低流量麻酔を始めてから15年以上になるが、麻酔薬はハロセンから現在はセボフルレン、そしてイソフルレンと変化してきている。これら1980-1982年にハロセンの低流量麻酔法や呼吸回路について報告した[1,6,7]。また、最近ではイソフルレンを使用した低流量麻酔法の報告もみられるようになった[3,8]。この低流量麻酔法は麻酔薬の経済性および麻酔ガスによる手術室内の汚染を軽減し麻酔深度を安定化させるものとして効果をあげている。そこで低流量麻酔法の考え方および実施方法について説明する。

低流量麻酔法

 低流量麻酔の目的は、酸素のできるだけ少ない流量で麻酔薬を気化させる結果、経済性がよく、また余剰ガスを最小限にする。しかも動物に麻酔ガスを安全に供給、安定した維持をする事である。
 麻酔ガスの供給方法は、開放式を始めとしてそれぞれの特徴を利用し応用する。

麻酔導入

 麻酔導入は、通常気管内チューブが挿入できる入眠量のチオペンタールナトリウム(約20mg/Kg以下)を静脈内注射し、ただちに気管内チューブの挿入を行い、ガス麻酔薬の吸入を始まる。この時チオペンタールナトリウムの注入が早すぎると頻脈になり、ゆっくりすぎると意識が消えない浅麻酔で気管内チューブの挿入がしにくくなる。リスクの高い動物の麻酔導入には、チオペンタールナトリウムはより少ない薬液量とするか、イソフルレンのマスク導入とする。

麻酔維持

 動物の自発呼吸を残して麻酔維持を行うので、呼吸状態が非常に関係している。麻酔が深まると、呼吸量や呼吸数が減少する。すると麻酔ガスの体内への吸入度合いが減る。麻酔ガスの吸入が減ることによって段々と麻酔深度が浅くなる。麻酔深度が浅くなるにつれて、呼吸量や呼吸数が増える。したがって麻酔ガスの吸入量は増える。麻酔ガスの吸入量が増えると麻酔深度は深くなる。この繰り返しで麻酔維持が行われる。この事から、麻酔深度は、動物自身の呼吸調律によって調節され動物自身が麻酔係を行い、麻酔深度の調節をしていることとなり、動物の自呼吸を残してあることがモニターの一つとして利用できる。
 この事を頭に置き、麻酔導入後は200-500ml/分の低流量の酸素を流しながら気化器のダイヤルを 1.5-2.0%にセットする。そしてそのまま維持を行う。しかし、循環式を使用した場合、酸素流量が低流量であるので、気化器から出る新鮮ガス量が少ない。すると回路内で循環してくる消費された麻酔ガスと混合し、薄められてしまうために循環ガス濃度はさほど上がらない。したがって吸入するガス濃度は気化器から出ている濃度よりも低い。この事から麻酔深度は浅くなる。また死腔があると二酸化炭素の過剰な蓄積で麻酔状態が浅いように見える。浅い麻酔に感じられたら酸素流量を少し増量する。すると循環ガス量が増えることによりガス濃度がよりダイヤルセットの濃度に近くなり麻酔深度が安定する。この方法は麻酔維持中にセットした麻酔濃度以上の麻酔ガスを吸入させること無く安全性が高い。また麻酔係がダイヤル濃度を深くしたり浅くしたりするような麻酔深度の不安定さがない為に安定した麻酔維持が出来、麻酔係がいなくても安全に行うことが出きる。麻酔深度の目安として、もしも20秒以上呼吸停止があった場合には麻酔が深い。気化器によっては、酸素流量を低くすることによってダイヤル%よりも高い濃度が出てしまう気化器がある。したがって、呼吸停止の起きる場合には0.5%ほど下げる必要がある。余り下げすぎるとイソフルレンの場合には覚醒してしまう可能性がある。また低流量麻酔法では、気化器の性能、回路の構造や死腔などが関係する。

覚醒

 手術が終了してから気化器をoffにする。早く覚醒させたい場合には酸素流量を増量する。イソフルレンの場合には代謝されないために急激に覚醒が起こるので、手術後の痛みに注意が必要である。

麻酔回路

 開放式: 開放式は呼吸バックが無いことが特徴であり、通常供給する麻酔濃度の調節ができない。したがって麻酔維持が安定しにくい。そして麻酔薬が回りの空気により希釈され高流量の酸素が必要とされる。しかし、方法により小型動物では麻酔濃度の調節はもちろん、安定した麻酔ガスの供給維持ができる。症例としては、下顎骨折の手術や、口腔内の手術などで気管内チューブがあると邪魔になる場合に行われる。方法は、気化器のガス出口部に酸素チューブをつなぎ、8Fの多用途チューブを接続する。そして麻酔導入後にこの多用途チューブを気管内に挿入し低流量の麻酔ガスを流す。この方法で麻酔ガスが気管内に充満し安定した麻酔維持を行うことができる。

 半開放式: 小型犬や猫では死腔をより少なくすることが重要であり、そして麻酔濃度が一定にできると共に、濃度の変更が速やかで、呼吸バックによる補助や調節呼吸が出来ることにある。この半開放式では呼気ガスの再吸収防止弁を付ける場合、非再呼吸弁を付けない場合ともに高流量を必要とされていた。しかし、非再呼吸弁を付けない再呼吸式として低流量で使用し、酸素濃度、炭酸ガス濃度を測定した結果、その濃度は十分安全な範囲であった。したがって、5kg以下の犬、猫に使用しているが、死腔が少なく、麻酔濃度が安定している。半開放式では、種々のシステムが考えられ、代表的な回路としてJackson-Reesの改良型がある。この半開放式は、感染の可能性がある鼻気管炎の猫の麻酔などに使用した場合に、使用後エチレンオキサイドで回路ごと滅菌でき交差感染を防げる。

 半閉鎖式: 循環式麻酔装置は、酸素流量を少なくしても動物に十分な酸素濃度を与え、呼気中の炭酸ガスは吸着され、長時間の麻酔には適当な湿度が与えられる。
 酸素流量を低くすることで、必然的に麻酔を含んだガス流量も少なく、回路内の麻酔濃度の安定性や麻酔深度が浅くなる。この原因の一つとして麻酔回路の構造によって影響を受ける場合がある。大半の循環式麻酔装置は高流量使用の設計がなされているので、新鮮麻酔ガス流入部位の位置に注意が必要である。新鮮ガス流入部位は吸入される側の蛇管の部位に入ることが必要である。他の流入部ではアブゾーバー内に循環してきた呼気と、新鮮ガスとの混合による麻酔ガス濃度の低下が考えられ、また余剰ガス排出弁方向へ混合した新鮮ガスが排出されてしまう。新鮮ガス回路内流入部の位置を吸入側蛇管部に取り付けることによって、呼気との混合が少なく、また循環式では逆流することが無いので一回換気量が少ない場合や、離乳間もない動物で自呼吸圧が弱い症例でも、吸入弁の開閉に関係なく新鮮な麻酔ガスが押し流されてくるので使用できる。すなわち循環式と非開放式の性格を持ち合わせている麻酔回路となる。また、中型以上では、酸素流量を導入後5分位は1リッター位流し、循環回路内を麻酔ガスで満たし、その後低流量とすることによって循環回路内の酸素濃度が安定する。

 閉鎖式: 半閉鎖式に類似し、気化器は回路外はもちろん回路内に置くことが出来る[2,4,5]。もちろん低流量のガス量で行え経済性は非常に優れている。しかし、亜酸化窒素(笑気)の併用をする場合には酸素濃度計やカプノマックなどのモニターが無い場合には細心の注意が必要である。また麻酔薬の経済性で考えれば、回路内麻酔器が優れていることを経験しているが、低流量麻酔法でもそれとほぼ同様と考えられる。

回路内酸素濃度について

 酸素流量が低流量になると、問題となることは、低酸素症にならないための回路内の酸素濃度および麻酔濃度の安定にある。そこで循環式回路で臨床例を使用し、呼気回路内のキャニスターの部位で酸素濃度を無差別に測定した結果、犬では79.7±8.9ー92.1±2.0、猫は 81.8±7.7ー89.6±3.4と麻酔経過時間と共に低い値から上昇し安定した[7]。また、カプノマックにて気管内チューブの吸入部位で酸素濃度を測定した結果、92-98%であった。また麻酔濃度においては、気化器のダイヤル濃度と±0.2以内の誤差であった。

要約

 動物の全身麻酔は自発呼吸を残した麻酔であるので、麻酔が深まると、呼吸数の減少によって麻酔剤の吸入度合いが低下し、麻酔が浅くなる。麻酔が浅くなるにつれて、呼吸量や数は増え麻酔剤の吸入度合いが増加する。そして麻酔が深まる。すなわちこの繰り返しとなり、麻酔深度は動物自身の呼吸調律により自動的に調節され維持できる。したがって麻酔監視や操作は最小限となる。
 低流量麻酔は、なんと言っても麻酔ガス量が少なく経済的であり、したがって漏出するガス流量が少なく手術室の麻酔ガスによる汚染が少ない。そして、回路内の湿度が十分に保たれ、気道粘膜の乾燥が防止できる。もしも麻酔深度が浅いときに気化器のダイヤル%を上げることはしない。すなわち2%以上にせず、酸素流量を増量するだけで循環ガス量が増え麻酔深度が安定するので過麻酔となる危険性がなく、麻酔深度の安定性に優れている。
 ここ十数年間の数多くの症例に低流量麻酔法を行ってきたが、麻酔中の異常や原因不明の問題が発生したものは無く順調な麻酔経過であった。また酸素流量が不正確であっても麻酔を行うにおいては問題とはならない。

(参考文献)

  1. 落合文憲法、高田峰昭、伊勢武人、三枝早苗、山村穂積;低流量ハロセン麻酔における回路の改良、第25回獣医麻酔研究会、57.44.(1982)
  2. 田中喬一;イソフルラン麻酔における回路内気化器閉鎖循環式麻酔器の有用性、獣畜新、45.362.(1992)
  3. 田原秀樹、栗井美紀、野中いずみ、春日佐和子、阿野仁志、小川博之、大塚宏光;F回路を用いた低流量麻酔の基礎的検討、獣医麻酔外科雑誌、24.101.(1993)
  4. 鶴野整傳、伊藤佳人、本間功次;小動物用スティヴン(STEPHENS)麻酔器の使用経験、動物臨床医学、1(2).61-64(1993)
  5. 山村穂積、江藤照雄、寺田壽行、小野田滋、山崎良太郎、佐藤 剛;StephensDrowover麻酔器による犬野フローセン麻酔について、日獣会誌、28.287-292.(1976)
  6. 山村穂積;多用途呼吸回路の作成と使用経験、獣医麻酔、11.59-61.(1980)
  7. 山村穂積、江藤照雄、寺田壽行、小野田滋、山崎良太郎、佐藤 剛;F呼吸回路(メラ多用途呼吸回路)使用による低流量ハロセン麻酔、第23回獣医麻酔研究会、56.4.12.(1981)
  8. Wagner AE,Bednarski MR,;Use of Low-Flow and Closed-SystemAnesthesia;JAVMA 200;1005-1010.(1992)