院内日誌
ハワイ州立シェルターの視察
橋本志津(1998年11月24日)
この間ハワイに出張させて頂く機会がありました。その折に、州立の動物愛護センターのようなところを視察する機会がありました。アメリカではそのようなところを『シェルター』と呼ぶそうですが、今日はそのシェルターについて思ったことを書いてみようと思います。 シェルターは入口の門構えから建物まで近代的で美しく、すばらしいものでした。ここでの活動内容は、
などです。
所内には、新しい飼主さんになってもらう人のディスカッションの部屋とか、約束ごとが書かれた書類などが何種類もあって、ずいぶんきちんとしているなあと思いました。里親をさがしている犬や猫は首輪が色別になっていて、里親が決まっている、もらうかどうか検討中、飼主サイドからこの子は飼えないと言ってきている、まったくの迷子などに大別されて、見た目にもきれいで健康な動物を自由にさわれるようになっています。伝染病など、問題となる病気も治療されていてました。このような施設が公立であって、勤務している人もボランティアでなく、州から給料をもらっているというすばらしさです。もちろん日本もここまでとはいわなくとも、しっかりとした『シェルター』のようなものがありますが、日本と比較してこれは大変だと思ったことは、その敷地内に安楽死する場所や焼却炉もあるということです。一方では動物の飼主や里親をさがしたりするのに対し、人に慣れることができなかったり、心のリハビリをすることのできない動物の先は見えてしまうのです。このように、同一の敷地内で意味の異なるふたつの仕事が混在していることは、働く人間にとってはとまどいも多いのではないか、私にはできない仕事かもしれないと思いました。 シェルターは、野良猫をなくすためには、猫にこそマイクロチップを入れるべきだと推奨していました。また、シェルターで動物のリハビリを積極的に行うには、やはりマンパワーが足りないのだそうです。 ここにすら問題はまだまだたくさんあり、人間の努力やたくさんの人たちの善意を必要としますが、日本より進歩した一つの形が実現されていました。このシェルターの中の動物の前途に幸多かれと祈りながら、シェルターを後にしました。自分に与えられた場所で、いったい何ができるのか、私もまだまだ模索中ですが、多くの動物の幸せを願ってやまない気持ちがますますつよくなりました。