院内日誌
テニスボールを飲んだかな?
石部孝宏(1998年9月12日)
30kgを優に越えるゴールデンレトリバーの風太くんがかつぎ込まれて来ました。呼吸を苦しそうにした彼は、自分で立てる状態ではなく、診察台に横たわり荒々しく肩で息をしていました。 診察が進むに連れ、今の状態の原因が解ってきました。風太くんの首には、テニスボール位の大きさの固まりが2個ありました。これが気管を圧迫して息が出来なかったのです。そして胸にも脇の下にも膝の裏にも同じようにゴルフボール程もある固まりがあることが分かりました。直ちにバイオプシーといって注射針を刺してその部位の細胞を取って検査することにしました。このテニスボールやゴルフボールの正体はリンパ節の腫脹でした。病名は、リンパ肉腫という悪性の腫瘍という診断が出ました。 次にこの大きな風太くんをかつぎ、全身のレントゲンを撮りました。通常、このような悪性の腫瘍は肺への転移が問題になりますが、幸いにも肺への転移所見はありませんでした。 風太くんを連れてきていたお姉さんに、診察の結果、彼の病気がリンパ肉腫であることを伝えました。そして抗ガン剤の治療をしなければあまり長くは命が持たないこと、そして現在は、幸いまだ転移はしていないが、放置すれば肺などへの転移が起こり、風太くんはさらに苦しい思いをしなければならないことなどきちんと説明しました。お姉さんの願いは、元気な風太くんに少しでも戻ってくれることでした。そこで、風太くんに一番良いと考えられる方法を選ぶことになりました。 具体的な治療の計画としては、ひと月に一度、抗ガン剤の注射をしに来院してもらうことになりました。また週に一回、白血球の検査もすることにしました。風太君に慎重に注射を打ち、その日は少し元気のないまま帰宅しました。体重のある風太君の治療は少しお金のかかる為、お姉さんも大変かもしれませんが、とにかく出来るだけしてあげたいとの意向を示して下さいました。私たちも知恵を絞ってその病気と闘うことに闘志を燃やしました。 1週間後、風太君はお姉さんと一緒に元気に歩いて病院へ来ました。その姿をみて「え!?歩いてこれたの?? よかったね、よかったね」というような心境でした。風太くんの抱えていたいくつかのテニスボールとゴルフボールは、空豆といんげん豆程までに小さくなっていました。これは早々に抗がん剤治療に反応があったということで、何とかなるぞという自信がもくもくとでてきました。 あれから4ヶ月が経ち、風太くんの身体は治療に反応しすっかり元気になりました。まだまだ、耳が痒くなったり、皮膚病になったり、脚に傷をつくったり、病院に通う種を次々とつくりながらも、元気に風太くんは治療に励んでいます。どうやら、お姉さんの心配は終わりがないようです。 とりあえず、大きな病気を克服し、お姉さんの気持ちは落ち着いてきて思い出話ができるくらいになりました。お姉さんは、風太君が始めに倒れて呼吸が荒かったとき、「遊んでいたボールを飲み込んだ」と思っていて、恥ずかしくてなかなか私たちにそれがいえなかったのだといいます。風太くんが元気になった今、これは笑い話になりました。私は、こんな他愛もない思い出話が、笑い話として出来るようになって本当に良かったと思っています。