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やどり木カンファレンス

上皮小体腺腫摘出後低カルシウム血症に陥った犬の1例

2008年1月

橋本志津、池谷大輔、長澤昭範

【はじめに】
 犬の原発性高カルシウム血症の原因として考えられた上皮小体腺腫を頚部切開によって摘出した。今症例は、術後第3日目より低カルシウム血症による強直性けいれん様発作を呈し、カルシウム製剤および活性型ビタミンD製剤投与による治療を継続した。しかし、上皮小体腺腫摘出後の低カルシウム血症は一時的なものではなく、摘出しなかった上皮小体の内分泌機能は回復することなく、症例は2年後腎不全によって斃死した。

【症例】
 症例は、ビーグル、13歳、避妊メス、ふらつく、疲れやすい、落ち着かない、などの主訴により一ヶ月前より他院を受診した。主治医によって高カルシウム血症を指摘されたため、当院に精密検査を依頼した。

【診断】
 来院時、症例の血清カルシウム濃度は17.2mg/dl、インタクトPTH濃度は678pg/mlであった。血液検査、凝固系検査、レントゲン検査、尿検査、超音波検査などの一般身体検査を含む診察後、試験的頚部切開を行った。なお、既述の各種検査によって、他の内分泌疾患および腫瘍性疾患を除外診断したあいだ、一週間で血清カルシウム濃度は19.2mg/dl、インタクトPTH濃度は1290pg/mlにまで上昇した。
 頚部切開では、左側甲状腺下方1cm程度に赤く腫大した領域を認め、皮膜を切開後、甲状腺からはがすようにていねいに分離・切除した。
 病理組織学的診断では、HE染色および免疫染色の結果、甲状腺組織とは異なる内分泌腺腫瘍であり、上皮小体腺腫であると診断した。

治療経過
 術後第一日目より、活性型VD3(参考投与量0.03μg/kg/day)を0.25g/包 BID で投与開始し、以後継続した。術後第3~21日目には、低Ca血症による全身性強直性けいれん発作あるいは振戦が散発した。その際の臨床症状は、発熱、心拍数増加(約200/min)、呼吸速拍、可視粘膜蒼白であった。また、発作散発のピークは術後第7日目であった。カルチコール5A添加生理食塩水で輸液しながら低カルシウム性の発作や発作の前兆を認めた際には、カルチコール(参考投与量0.5~1.5ml/kg)をボーラス投与(Total 5~17A/day)し、さらに炭酸カルシウム(参考投与量25mg/kgあるいは1~4g)1g 3~4回/dayを 投与開始した。以後、カルシウム製剤は術後2ヶ月TID、術後3ヶ月でBID、術後4ヶ月でSIDに漸減し5ヶ月目に休薬、活性型VD3の適宜漸減し7ヶ月目に1/2包SIDまで減量した段階で、低カルシウム性の発作が再燃した。また、上皮小体ホルモン濃度として術後第4日目にはi-PTH11pg/mg 確認し(以後、2年渡って検出限界以下を示した)術後1年10ヶ月でけいれん発作を認めた際に、Cre 5.0、 BUN 141、血清カルシウム濃度10.0、無機リン17.0を 確認したため、腎不全と診断した。

【考察】
一般に犬の上皮小体腺腫は非常にまれな腫瘍であり、その診断は試験的頚部切開後の病理組織学的診断によってなされる、といわれている。今症例の上皮小体腺腫もまた、術前に触診やレントゲン検査および超音波検査によって診断不能であった。また、上皮小体腺腫を示唆した所見は、高カルシウム血症および高PTH値のみであった。体の動きがぎこちない様子である稟告および前述の2つの検査数値が同時に存在することは、上皮小体腺腫の存在を裏付けるものとなるかもしれない。また、高度画像診断技術が向上した現在では、CTやMRIを用いて、術前評価はさらに確定的であったかもしれない。
 しかしながら、正書が推奨するように、14.0mg/dl以上の高カルシウム血症症例に対して、上皮小体腺腫摘出後の低カルシウム血症予防のため、頚部切開術数日前からカルシウム製剤やビタミンD製剤を投与することは非常に抵抗があった。同時に、カルシウム製剤の投与には、体内イオン化カルシウム測定の煩雑さから、容量の決定に十分な経験を要すると考えられた。
 一般的に、残存する上皮小体機能の回復は術後4ヶ月程度とされている。結果的に、症例は上皮小体機能の回復をみないまま、腎不全で死亡するまでカルシウム製剤やビタミンD製剤を投与継続することとなった。また、術後ひと月ほど経過しても、経口ばかりでなく注射によってカルシウム製剤を投与する機会があった。これらの治療時の血液検査によって血清カルシウム濃度は、7.0mg/dl 以下で発作の前兆となる呼吸速拍、発熱、心拍数増加、顔を痒がる行為として顔をこする動作を引き起こすことが明らかとなった。これは、人における血清カルシウム濃度の下限といわれる濃度と同様であった。
 ところで、顔を痒がる動作は、低カルシウム血症の症状のひとつとされているが、その発生機序は明らかでない。人では低カルシウム血症の症状のひとつとして唇や手足先のしびれが認められることから、犬が顔を痒がる動作はこれに類似した症状である可能性を考慮した。

 今症例が術後2年経過するまで通常の生活を送ることができたことは、上皮小体腺腫摘出術は、術後低カルシウム血症となっても明らかにQOLを向上し、高齢でも積極的外科治療を行うべきであったことを示唆した。しかし、血清カルシウム濃度を理想的値とされる8~10mg/dl以内にのみ維持することは困難であった。このため、症例は2年後に腎不全を招来する結果となった可能性が示唆された。上皮小体腺腫は病理学的に良性腫瘍に分類されるが、一方で臨床的病態は必ずしも良性の経過をたどるものでないと考えられた。

 

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