» 医局員名簿
 ┣ 医局獣医師名簿
 ┗ 医局動物看護師名簿

» 研修室
 ┣ 学会誌
 ┣ 各学会・年次大会
 ┣ 小動物専門誌
 ┣ カンファレンス
 ┗ 個人・その他

» 院内日誌

» ペット栄養学教室

» パピークラブ

 

 

 

やどり木カンファレンス

二次性三尖弁閉鎖不全症の犬の1例

2007年3月

中尾周

【はじめに】

三尖弁閉鎖不全症(TR)とは右室圧の上昇(二次性)あるいは三尖弁の器質的障害(一次性)により右室から右房へ血液の逆流を示す疾患である。犬におけるTRの原因は一次性TRはまれであり二次性TRが多いとされている。そのため、重度TRを認める例では原因疾患の診断・治療を行うことが重要である。

 今回、肺高血圧症に伴う重度の二次性TRを呈したと考えられる症例に対して、近年ヒトの本態性肺高血圧症患者において評価の高まっているプロスタサイクリン製剤を用い、比較的良好な経過が得られた。以下にその概要を記述する。

【症例】

ラブラドール・レトリバー、メス、10歳。発咳、散歩中の突然の失神発作、元気の低下、食欲不振(好むもののみ食す)を主訴に本学付属家畜病院を受診した。

【初診時検査所見

一般身体検査:体重24.75 kg(BCS2)、可視粘膜の蒼白;頻脈(180bpm);発咳試験陽性;全収縮期性雑音(Levine Ⅲ/Ⅵ)
心電図:P波の延長(0.06秒、二峰性)
心エコー図:著明な右房・右室の拡張;重度のTR(4.11 m/秒)
胸部X線:右心拡大、後大静脈拡張、肺動脈の蛇行・拡張、肺血管の明瞭化、中等度の肺野の不透過性亢進
血液検査:肝酵素値の上昇(GOT 92 U/L、ALP 429 U/L)
上記所見より気管支肺炎に伴う肺性心を疑い、クラブラン酸アモキシシリン(10mg/kg PO BID)、塩化リゾチーム(30 mg/head PO BID)、テオフィリン(4 mg/kg PO BID)による治療を開始した。

【初診時臨床検査所見

  • 血液検査:BUN、Ca、P、Kの上昇、Gluの低下
  • X線検査:肺血管不鮮明化
  • 超音波検査:異常無し

【臨床経過】

第28病日、発咳は改善されたもののふらつきが良化せず、腹水貯留を呈するようになったため動脈血ガス分析を行ったところ重度の低酸素分圧(67.1)を示していた。そこで肺循環の改善と肺高血圧ならびに右心容量負荷の軽減を目的にベラプロストナトリウム(1 μ/kg PO TID)、とフロセミド(0.5 mg/kg BID)を追加処方した。
 しかしながら、病態の進行がみられ第69病日に硝酸イソソルビド(1mg/kg PO BID)の投与、第74病日にフロセミドの増量(1mg/kg PO TID)を行ったが症状は改善しなかった。第102病日にさらにスピロノラクトン(1 mg/kg PO BID)、ジゴキシン(0.005 mg/kg PO BID)を加えた(ジゴキシンは嘔吐発現のため間もなく中止)。
第109病日よりふらつきが明らかに改善し、第130病日には動脈血酸素分圧が正常値(101.6)となった。食欲の増加は認めなかった。
 第193病日、一般状態の変化はないが、著明な腹部膨満が認められたため、腹腔穿刺にて腹水(淡赤色、漏出液)を4.2l抜去した。またこれまでの心エコー図検査により、右房、右室の拡大の進行と心室中隔の平坦化および左室腔の狭小化から右室容量負荷の増大を考え、スピロノラクトンを増量した(TID)。翌日より元気、食欲の増加を示し、症状の急激な改善が認められた。
 その後、3~4週間おきの腹水抜去(2.4~3.6l)と内科的治療により状態を維持しており、第308病日現在、著明な体重減少(16.2 kg、BCS1)と興奮時の軽度のふらつきを呈するものの、比較的良好なQOLを保っている。

考察

原因の特定できない肺高血圧症を原発性肺高血圧症と診断する。犬の原発性肺高血圧症は近年カラードプラの普及により症例数が増えているものの(Kittlesonら私信)、いまだその病因は明らかにされていない。

原発性肺高血圧症は肺血管抵抗の増大による右心負荷の増加から、右房・右室拡張さらには右心不全を合併し、肝うっ血、腹水貯留、皮下浮腫などの症状を呈するようになる。

本例は、臨床症状、各種検査および抗生物質療法の反応により原発性肺高血圧症と診断し、血管拡張薬、利尿薬に加え、プロスタサイクリンによる治療を行い、重度の腹水貯留の際には穿刺・抜去した。

臨床症状として①ふらつき、失神発作、②元気・食欲低下、③発咳を呈していた。①ふらつき、失神発作は、初期に治療に反応せず病態の進行がみられたが、プロスタサイクリン投与開始約80日後に一度改善が認められ、動脈血酸素分圧が正常値だったことから肺血流量の増加が考えられた。これは遅効性にプロスタサイクリンが作用したためか、他の治療薬によるものかいくつかの可能性が指摘できる。次に②元気・食欲の低下は第193病日に腹水抜去によって改善がみられたことから、主として腹水貯留による影響であったと考えられる。そして③発咳は、症状が軽度であり治療開始当初の抗生物質療法で消失したため、一過性の気管支炎と考え重要視していなかったが、胸部X線における所見が慢性気管支炎を示唆するものであった場合、本例が肺性心である可能性も否定し切れないことを付記する。

犬の原発性肺高血圧症はヒトと同様予後不良とされているが、その生存期間は示されていない。本例は現在、症状発現後約1年が経過しており、比較的良好なQOLを維持している。しかしながら、今後重度のTRにより他の臓器障害が合併してくることが予測されるため、慎重な経過観察が必要と考えられる。

犬の肺高血圧症、そしてプロスタサイクリン治療例についてデータに乏しい現状であるため、過去のデータの集積、または今後、遭遇する症例について治療成績を分析・検討していきたい。

【参考文献】

  • Kittleson, M. D., Kienle, R.D. ed. Small Animal Cardiovascular Medicine Mosby. 1998. St. Louis
  • 小川 聡、井上 博 編、標準循環器病学、医学書院、2001年、東京

 

東京都板橋区にある犬と猫を中心に診療・治療している動物病院です。質の高い動物医療を提供できるように努めています。(C) 株式会社 ホズミ ALL RIGHTS RESERVED