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動臨研カンファレンス

TLIの上昇が認められた胃腺腫の犬の1例  2006年6月

福永大督 山口恭寛 田辺岳 阪口貴彦 山村穂積(Pet Clinic アニホス)

 3カ月前より下痢を呈している11歳齢の雄のシェットランドシープドッグが来院し、直腸検査において直腸に腫瘤が認められた。2ヵ月前に近医にてアミラーゼ、リパーゼの上昇を指摘されていたため、直腸腫瘍摘出手術の術前検査の際にTLI(犬トリプシン様免疫活性物質)を測定したところ高値を示した。その後、嘔吐の症状が顕著になったため、膵炎を疑い、治療を開始したが、嘔吐の改善およびTLIの低下は認められなかった。さらに、消化管バリウム造影検査および内視鏡検査を実施したところ、胃の幽門部に入り込んだポリープ様の腫瘤を認めた。試験的開腹を行い、膵臓の肉眼的確認と胃の腫瘤の摘出を行った。その後、直腸腫瘍についても摘出手術を行い、術後良好に経過している。病理検査では胃は腺腫、直腸は腺癌と診断された。

〔はじめに〕

 犬の胃の腫瘍は全腫瘍中1%未満とまれな腫瘍であり、腺癌など悪性のものが多くを占める。腺種や平滑筋腫などの良性腫瘍は少なく、臨床的に無症状なことも多いため偶然発見されるケースもある。今回、胃腺腫を発症した犬の症例に遭遇し、腫瘍の外科的切除を行い、良好な経過が得られることができた。またその経過で興味ある所見が見られたのでその概要を報告する。

〔症例〕

 症例は、シェットランドシープドッグ、雄、10歳齢、体重11.5kg。3カ月前より水様性下痢と体重減少が続いており、近医を受診していたが改善がないとのことで当院に来院した。また、既往歴として甲状腺機能低下症があり、当院初診時も内服薬による治療継続中であった。その他、2ヵ月前、近医にて血清アミラーゼ、リパーゼの上昇を指摘されており、1~2週間に1回程度嘔吐を認めるとのことであった。

〔初診時臨床検査所見〕

一般身体検査所見:症例は軽度の削痩がみられたが、腹部触診では特に異常を認めなかった。直腸検査で、肛門より1㎝のところに直腸腫瘤(2×1×1㎝)を認めた。その際、採材した一部の組織を病理検査に提出し、後日以下の診断結果が出た。

⇒病理検査結果:腺癌(高分化型)…浸潤する傾向に乏しい

血液検査所見:CBCでは総白血球数の上昇、軽度の貧血を認め、血液生化学検査では血中アルブミンの軽度低下を認めた。

レントゲン検査所見:腹部単純X線検査では特に異常を認めなかった。

その他の検査:TLI(犬トリプシン様免疫活性)が66.4ng/mlと高値を示した。

〔治療および経過1〕

 当初、直腸腫瘍摘出手術を行う予定であったが、第1病日より総白血球数の増加とTLIの高値を認め、また第4病日より嘔吐の症状が顕著になったため、膵炎の併発を疑い、絶飲食とし、輸液、メシル酸ナファモスタット(0.1mg/㎏/hr)、メトクロプラミド(0.1㎎/㎏ BID)、アンピシリン(11㎎/㎏ BID)による内科的治療を行い、その後低脂肪食を開始した。しかし、嘔吐の改善、TLIの減少がなかったため、追加検査として第8病日消化管バリウム造影検査を行った。

消化管バリウム造影検査所見:消化管バリウム造影検査で、造影剤の胃からの排出遅延(1時間半以上)を認めたため、幽門の流出障害を考えた。アトロピンを投与し、投与後15分でバリウムが胃から排出され始めたため、当初幽門痙攣による機能的イレウス疑い、臭化ブチルスコポラミンの投与を行った。一時的な改善は認めたものの完全には改善しなかったため、再度バリウム造影検査の再評価を実施したところ、幽門部に造影剤の充填欠損像が認められたことより、幽門痙攣の可能性は低いと考え、胃腫瘍を含むその他の幽門の流出障害を疑い、第15病日内視鏡検査を行った。

内視鏡検査所見:胃体部の大弯部にポリープ様の腫瘤を認めた。腫瘤は幽門部に入り込んでおり、流出障害を起こしているものと考えられた。

〔治療および経過2〕

 以上の検査結果から、内視鏡検査に続いて同日、胃腫瘍の切除と膵臓の病変確認を目的に試験的開腹手術を行った。オーナーと相談の上、今回は試験的開腹のみとし、術後の回復状況によって後日直腸腫瘍摘出手術を行うこととなった。胃の腫瘤は胃体部に有茎状になっており、部分的胃切除とした。膵臓および他の腹腔内臓器には、肉眼的著変は認められず、閉腹した。胃の腫瘍の病理組織学的診断は胃の腺腫であった。術後には体重は徐々に増加し、嘔吐も見られず経過は順調で、TLIも簡易検出キットで正常値範囲を示した。第30病日直腸腫瘍摘出手術をプルスルー法にて実施し、術後、総白血球数は正常範囲に戻り、貧血も改善した。直腸腫瘍の病理組織学的診断は以前の診断と同じく腺癌であった。第151病日現在、甲状腺機能低下症の治療のみで、消化器症状は認められず、経過は良好である。

〔考察〕

 今回の症例は、直腸腫瘍摘出手術前にTLIの上昇と嘔吐が認められたため、膵炎を疑い、内科的治療を行ったが、改善がなかった。試験的開腹の際にも、肉眼的ではあるが膵臓に変化は認められず、胃腫瘍摘出後、嘔吐およびTLIの改善が認められたことから考えると、膵炎によるものではなく、腫瘍が関連したTLIの上昇ではないかと思われた。経験的に胃内異物の際にも、機序は不明であるがTLIの上昇を認めたことを経験している。胃内に物理的障害が存在すると、TLIが上昇するのではないかと推測された。今後、この部分については症例を重ねて検討していく予定である。また、アトロピン投与によって胃からの流出障害が改善されたため、幽門痙攣による機能的イレウスを疑い、結果的に胃腫瘍の診断が遅れた。この時に超音波検査を実施していれば、もっと早く胃腫瘍を診断できたのではないかと思われた。今後、中高齢で嘔吐の症状が出るような症例ではルーチンに消化管の超音波検査を実施していきたい。 また、犬で多く見られるのは予後の悪い胃腺癌であるが、今回遭遇した胃腺腫は良性の胃腫瘍であり、成書では良性の胃腫瘍の予後は良好で、外科切除により治癒が可能とされている。今回も摘出後は良好な経過を得られているが、一部の文献では犬の腺腫病変の悪性変化が報告されており、また医学的には良性のポリープと悪性のがんとの中間を示し、約10%は癌化すると考えられているため、予後には注意して観察していきたい。


 

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