|
動臨研カンファレンス
直腸プルスルー法を用いた犬の直腸腺癌の1症例 2004年9月
白神久輝 阪口貴彦 山村穂積(北川動物病院)
【要約】
3ヶ月前からの下血を主訴に来院した犬において、各種検査により直腸腫瘤が多数確認され、腫瘤の一部を病理組織検査で直腸腺癌と診断した。そこで広範囲に存在する腫瘤を切除するため、下行結腸および直腸を腹腔内アプローチにて遊離し、その後肛門側より直腸プルスルー法を行った。この手術手技により腸縫合部へ緊張をかけることなく広範囲に直腸を摘出することが可能であった。現在術後2ヶ月経過しているが、直腸腺癌の再発は見られず良好な経過を示している。
【はじめに】
犬の腸の腫瘍は比較的稀といわれ、犬の直腸に最もよく認められる腫瘍は腺腫様ポリープであり1、悪性腫瘍は腺癌の発生が多いとされている。臨床症状は下血、しぶり、排便困難や直腸脱などがある。治療として外科手術、放射線療法などを行う。犬の直腸結腸腺癌の術後経過は、単一で有茎の腺癌の平均生存期間は32ヶ月間、多発性の結節状または敷石状病変では12ヶ月、狭窄を起こす輪状腫瘍では1.6ヶ月間といわれている2。よって早期に完全な外科摘出を実施し、術後合併症をコントロールすることが重要となる。
今回我々は直腸に多発した直腸腺癌を腫瘤病変のある直腸を含め広範囲に摘出するため、下行結腸および直腸を腹腔内アプローチにて遊離し、その後肛門側より直腸プルスルー法を行った。この手術手技により腸縫合部へ緊張をかけることなく広範囲に直腸を摘出することが可能であり、良好な治療経過が得られたため報告する。
【症例】
症例は雑種犬、13歳齢、雄、体重7.3?L。3ヶ月前からの下血を主訴に来院した。
初診時一般身体検査所見:直腸検査で直腸に複数の可動性のある内腔へ隆起した腫瘤を触知した。
血液および血液化学検査所見:特に異常は認めず。
胸部、腹部X線検査所見:特に異常は認めず。
腹部超音波検査所見:特に異常は認めず。
大腸内視鏡検査所見:肛門から吻側に20?Bの範囲に腫瘤の散在が確認された(写真)。腫瘤の一部を採材して病理組織検査に提出した。
病理組織検査所見:粘膜上皮の増殖が認められ、一部の腺上皮細胞に軽度の悪性所見が見られることから、直腸腺癌と診断した。
【手術方法】
今回は肛門から吻側に20?Bの範囲に腫瘤の散在が確認されたため、下行結腸および直腸を腹腔内アプローチにて遊離し、直腸プルスルー法を行うことにより肛門から腹腔内直腸までの完全切除を行った。
術前24時間絶食し麻酔はチオペンタールナトリウムにて導入挿管し、イソフルレンで維持した。温生理食塩水で腸洗浄を行い、腹部正中切開を行い左結腸曲を形成している脾結腸間膜を切離し、下行結腸間膜、十二指腸結腸間膜を遊離し、下腸間膜動静脈を結紮し切断した。直腸間膜を遊離した後、直腸腹膜反転部の直腸全周を腹膜から遊離した。まず直腸背側を大動脈に注意しながら後腹膜から剥離した。その後左右の腹膜を剥離し直腸側方の靭帯を切離し、最後に直腸腹側の腹膜および直腸膀胱靭帯を切離した。この処置によって直腸結腸の可動性が大幅に増した。
次に肛門側から直腸プルスルー法を実施した。支持糸(2‐0ナイロン糸)を直腸粘膜と肛門皮帯の3、6、9、12時にかけ、肛門皮帯より内側の直腸壁より切開し、肛門括約筋を傷つけないよう注意しながら直腸を鈍性に剥離した。直腸の引き抜きが完了したら周囲組織と直腸漿膜筋層を3,9,12,6時の順に吸収性縫合糸(2‐0MAXON)で単純結節縫合した。直腸の背側を切り開き腫瘍組織を確認した。病変部を完全に切除し直腸粘膜と肛門皮膚を3,9,12,6時の順に吸収性縫合糸(3‐0MAXON)で単純結節縫合し、さらにその間を縫合し支持糸を取り除いた。
【病理組織検査所見】
直腸粘膜面に腫瘤病変が内腔へ突出するように形成されていた。異型細胞の深部への浸潤性増殖は認められなかった。切除領域は完全切除であった。
腫瘤病変の大部分は粘膜の自壊、潰瘍化と線維芽細胞増殖、炎症細胞浸潤からなる肉芽組織様の像を呈していた。しかしいくつかの腫瘤部では不整な腺腔を形成する腺上皮細胞が認められ、それらの細胞には大小不同や核異型が軽度に認められた。また顕著な粘液産生も伴っていた。 切除された直腸には肉芽組織様の腫瘤が多数形成されており、その一部では軽度ながら悪性所見を示す腺上皮細胞の増殖が見られることから直腸腺癌と診断した。
【治療および経過】
術後3日間は絶食とし、抗生剤(アモキシシリン12?J/?Lbid p.o)投与を2週間行い、湲下薬(ラクツロース2ml bid p.o)投与を現在まで行っている。本症例は手術後に排便困難が認められたが、縫合部の瘢痕化、内肛門括約筋の緊張が触診で確認できたため、リハビリとしてバルーンカテーテルによって内肛門括約筋と縫合部の拡張を行い、現在は排便困難もなく良好な経過をたどっている。
【考察】
今回直腸に広範囲に発生した腺癌にたいして、直腸プルスルー法を行う前に下行結腸および直腸を腹腔内アプローチにて遊離することにより、直腸と結腸の可動範囲をひろげ、直腸を広範囲に切除した。
低位前方切除術は肛門側直腸切断面が腹膜反転部より2cm以上腹腔内にとれる腫瘍に適応であり、恥骨骨切り術を行う腹側アプローチは結腸直腸結合部から骨盤腔内までの腫瘍に適応であるため、両方法を用いた場合も本症例では骨盤腔内から肛門までの腫瘍が残存することが考えられた。直腸プルスルー法を用いた場合は肛門から5cmまでの病変に適応であるため、本症例では腹腔内から腹膜反転部までの腫瘍が残存することが考えられた。したがって今回は直腸腺癌の完全切除を目標に、腹腔内アプローチを行った上で直腸プルスルー法を行った。この手術手技により腸縫合部へ緊張をかけることなく肛門付着部直腸から腹腔内直腸までを摘出することが可能であった。また、直腸触診では一部の腫瘍しか触知できず、レントゲン検査、超音波検査、内視鏡検査などを追加で行う事によって腫瘍の浸潤度、範囲、転移などが推測でき、手術の方針をたてることが可能であった。本症例は局所再発がなく、手術後の経過も良好であるが、病変が多発していたことや一部では異型細胞の増殖が認められたため引き続き経過観察が必要と思われる。
最後に消化管の手術は合併症が多く、その中でも直腸プルスルー法は局所感染や排便機能障害の起こりやすい手技である。よって手術後のフォローアップが大事であると共に飼い主へのインフォームドコンセントが非常に大事になると思われた。
(参考文献)
- Holt PE,Lucke VM:Rectal neoplasia in the dog:A clinicopathological review of 31 cases.Vet Rec116:400-405,1985.
- Church EM,Mehlhaff CJ,Patnaik AK:Colorectal adenocarcinoma in dogs:78cases(1973-1984).JAVMA191:727-730,1987.

|